恩寵(おんちょう)
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命日には間に合わなかったが、過日墓参りをした。
齢四十にしてこの世から去った友人がそこに眠っている。



======(引用)=================================

おのれひとり生きんがために、亡き人々から蒙った恩やら情けやらを忘れてしまえば、
さまざまの形の障りが現れて当然であろう。
たとえば、私は腰痛に悩んでいるけれども、腰痛になるほど座り続けることのできる
肉体を与えてくれた父母に、感謝することを忘れていた。
良い小説を書こうという強い意志は持っているが、私に小説家への道を開いてくれた、
今は亡き編集者のことも忘れかけていた。

霊魂なるものの存在は容易には信じられぬ。
しかし今かくあるおのれが、多くの人々から恩情を蒙ってきたのはたしかで、
にもかかわらず生者に礼をつくしながら死者の恩寵を忘れるということは、もしかしたら
この先の人生を踏みたがえるほど罪深い、大いなる誤りなのではあるまいか、と思った。

---(中略)

はたして霊魂なるものが存在するか否かではなく、おのれの内なる霊魂と対話する
場所が、霊場というものであろうと私たちは悟ったのだった。

---(以下省略)


===========================(恐山へ@浅田次郎著)====


↑引用の「霊場」を「墓前」・「墓参り」に置き換えれば、まさにワタシの心情の代弁、
ドンピシャリである。



忘れない
あなたがそこにいたことを
ずっと
忘れない・・・
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by baik2 | 2013-02-19 20:36 | ブログ | Comments(0)
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